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京都地方裁判所 平成4年(ワ)665号 判決 1993年5月11日

京都府<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

國弘正樹

長谷川彰外一七名

東京都中央区<以下省略>

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

(送達場所)京都市<以下省略>

右訴訟代理人弁護士

辰野久夫

右訴訟復代理人弁護士

藤井司

主文

一  被告は、原告に対し、金一三三万九〇〇〇円及びこれに対する平成四年四月四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一原告の請求

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、昭和二〇年○月○日生の男子であり、貴金属レア・メタル製銅原料プレス加工などの事業を自営している。

被告は、肩書地に本店を置き、証券取引業二条の証券業務を営む証券会社である。

2  本件取引の経過

(一) 原告は、被告京都支店の外務員B(以下「B」という)を通じて、平成二年九月より株式の信用取引を行ってきた。

原告は、平成三年三月二〇日午前一〇時すぎ、電話によってBに対し、六か月の信用取引により、日本鋼管株三〇万株の指値単価四五〇円での買付けを委託したところ、Bは、同日午前、原告の指値を超えた単価四五三円で六〇〇〇株、単価四五四円で一四万九〇〇〇株、単価四五五円で一四万五〇〇〇株を買い付けた(以下「本件買付け」という)。Bは、同日午前一一時ころ、指値を誤ったことに気付き、直ちに、原告に対し、電話でその旨の報告をした。

(二) 原告は、Bの右買付け報告に対し、本件買付けが指値違いによるものである旨を抗議したところ、Bは、原告に対し、反対売買または現引きによる清算時に、指値との差額分について清算する旨約した「(以下「本件合意」という)。

本件合意は、法的には、問屋たる被告が、委託者たる原告の指定した金額より高価の買付けをした場合に、自らその差額を負担する旨を内容とするものであり(商法五五四条)、経済的には、指値違いによる原告の損害の賠償を行う内容である。

そして、Bは、被告の外務員として、証券取引法六四条一項により、本件合意を行う権限を有していた。

(三) 原告は、結局、指値違いによる本件買付けが自己に帰属することを了解し、平成三年七月九日、右日本鋼管株を各買い単価の現金を支払って現引きし、清算を終了した。

しかるに、被告は、原告に対し、指値との差額分一三三万九〇〇〇円の支払をしない。

3  よって、原告は、本件合意に基づき、被告に対し、差額清算金一三三万九〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)及び(三)の各事実は認め、同2(二)の事実は否認する。

Bが本件合意を行ったことはない。すなわち、本件買付けの行われた平成三年三月二〇日には、原告の指値通り四五〇円で日本鋼管株三〇万株の買注文を執行していたとしても、同金額で買付けることはできなかったものであり、このことは原告本人も認識していた。したがって、Bに指値違いがあったとしても、原告にはその差額について具体的に損害が発生したとはいえず、原告もそのことを理解していたものである。原告の主張は、指値との差額が原告の損害であることを前提とするが、原告に具体的損害がない以上、原告とBとの間で、その差額を賠償するとの本件合意が行われることなどありえない。

Bは、原告に指値違いの事実を正直に報告し、指値違いの約定を否認してその効果が原告に帰属するのを回避できることを伝えたうえで、原告の判断を仰いだところ、原告は、日本鋼管株の当日の株価の動きに対する自己の判断に基づき、Bのミスを宥恕し、指値違いにかかわらず、本件買付けの効果を自己に帰属させることを認めたのである。

3  同3は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1の事実、同2(一)及び(三)の各事実(指値違いによる本件買付けの事実及び原告が本件買付けの効果を自己に帰属させたうえ、現引きにより取引を清算した事実)は当事者間に争いがない。そして、甲一号証の三ないし六、乙三五及び七〇号証、証人Bの証言並びに原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、平成二年九月一三日以降、被告と信用取引を開始したものであり、被告を通じて、頻繁に一〇〇〇万円程度から一億円程度の株の売買を行う大口の個人投資家である。原告は、外務員の勧めを重視して売買をするというタイプの投資家ではなく、自己の判断で銘柄も指値も決定して売買差益を獲得しようとするタイプの投資家であった。

2  Bは、原告を担当していた被告の外務員であるところ、平成三年三月二〇日午前一〇時一〇分ころ、原告から指値単価四五〇円で日本鋼管株三〇万株の買付委託を受けたが、コンピュータに対する入力を誤り、原告の指値単価が四六〇円であるとの前提で本件買付けを行った。Bは、自己のミスに気付き、同日午前一一時ころ、直ちに電話で原告にその旨を報告したが、原告は、Bのミスを許さないような突き離した口調で「自分の指値は四五〇円である」と指摘をした。Bは、予め、原告の指値と本件買付けの差額を計算しており、電話により、原告に対し、「差額の百三十数万円については清算時に弁償します」と申し入れた。原告は、Bの右申入れがある以上、自己の指値通りに本件買付けが行われたのと同じ事態になることから、本件買付けには異論を述べず、それ以上、Bのミスも責めなかった。

なお、右当日の株式市場の動向に照らせば、原告の指値で日本鋼管株を買い付けることは不可能であった。

3  ところで、本件買付けの後、原告保有の株式の価格が下落し、原告は、信用取引約定に基づき、被告に追加保証金を支払わなければならない事態となったが、原告は、被告の要求にもかかわらず追加保証金を支払わなかった。また、被告においても、追加保証金の支払がない場合には原告の株式を売却して、清算未了の信用取引残高を減少させることができたのに、このような売却手続をすることもなかった。

4  原告は、本件買付けの一一一日後である平成三年七月九日、(売却ではなく)株券を引き取るという現引きの方法により、本件買付けにかかる日本鋼管株三〇万株の信用取引を清算し、被告に対し、買付代金一億三六三三万九〇〇〇円並びに買付手数料(四五万七六七八円)、名義書換料(四万六三四九円)、信用取引に伴う支払利息(三八四万七五六〇円)及び消費税を合計した一億四〇七〇万四三一七円を支払った。原告は、右信用取引清算に先立ち、Bから、本件合意に基づく差額を賠償する方法として、新規公開株を割り当てる(すなわち、その売買益で償う)との説明を受けていたので、右清算の際には、本件合意に基づく差額清算金の支払を受けなかった。

5  その後、原告の保有していた右日本鋼管株三〇万株は、平成三年一〇月一八日、被告を通じて、単価四〇三円で一〇万株及び四〇四円で二〇万株が売却され、右株式に関する原告と被告の取引関係は全部終了した。

6  ところで、原告は、平成三年一一月一日及び一二日、被告から割当てを受けたダイワボウ情報とソニーミュージックの新規公開株を購入した。しかし、これら新規公開株は、通常期待されているような値上りはせず、原告は、これらを売り抜けることにより、かえって損をした。そのため、原告は、被告に対し、本件合意に基づく差額清算金の現実の支払を要求するようになり、その支払を拒否されたことから本訴に及んだ。

二  以上の認定事実に照らせば、Bと原告は、平成三年三月二〇日、指値と本件買付価格との差額につき、被告がこれを負担することを内容とする本件合意を行って、本件買付けを原告に帰属させたというべきである。したがって、被告は、原告の指値と本件買付価格の差額一三三万九〇〇〇円を支払う義務がある。

三  ところで、証人Bは、指値を誤って本件買付けをした事実を原告に電話で報告した際には、「私のミスであるから、本件買付けを否認して被告に帰属させるのが筋であると説明した。これに対し、原告は、『日本鋼管株は勢いがあり、新たに四五〇円で買い付けることができるかどうか分からないから、本件買付けを生かす』との返事をした。私が、損失を補填することを約したから原告が本件買付けを自己に帰属させたのではない」と証言し、本件合意の存在を肯定する原告の供述と真っ向から矛盾する証言をしている。しかしながら、右証言は、次に説示するとおり、たやすく信頼することができず、右の事実認定を左右するものではない。

まず、原告のように、自己の判断で指値を決め多額の株売買をし追加保証金の支払も渋るような、いわば利に聡いタイプの投資家が、たとえ日本鋼管株の値上りを予想していたとしても、被告担当者のミスを責めることなく、そう易々と指値と異なる本件買付けをそのまま受け入れるとは考え難い。

次に、被告が原告に対し、一般的には短期間での値上りが期待される新規公開株を割り当てたという客観的な事実経過は、本件合意の存在を肯定する事情である。

さらに、被告としても、本件買付けを原告に帰属させることにより、本件合意に基づく差額負担よりも多額の手数料・利息収入を得ることができるのであるから、本件合意をすることは、営業手段として不自然でも不合理でもないし、商法五五四条にも規定された適法なものでもある(本件合意は、株の値下りによる損失を後日補填するという内容ではない)。したがって、Bの右証言は、営業に携わる者の証言内容としては説得力に欠けるというべきである。

四  以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋詰均)

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